雑草の中の一本

殻を破って一歩 挑戦へ

点字ブロックを作った、ある男の闘い

点字ブロックを作ったのは日本人。

知ってましたか?

それも、岡山で生まれました。

男の名前は、三宅精一 氏。

この視覚障がい者の外出を助ける点字ブロックを、なぜ、作ったのだろう?

 

三宅精一氏が当時、どんな仕事をしていたか分からない。調べてみたが、経営者という事しか分からなかった。

三宅氏の自宅には、当時、シェパードを飼っていた。その自宅を訪問してくる男性。

生まれながら、目が弱かった、三宅氏の親友だ。ある日、三宅氏に、もうすぐ目が完全に見えなくなる事を告げた。

 

当時の日本、それも地方都市では、障がい者に優しい社会ではない。視覚障がい者は、外出しない事が当たり前の世の中だ。

 

三宅氏は、視覚障がい者が、歩道の終わりが分からず、車に引かれそうな現場を目撃する。親友の男も、訪れるたびに、視力が落ち、三宅氏は、外出を控えるように促す。

しかし、親友の男は、シェパードに会いにくるのが生き甲斐だとし、大丈夫だと言ってきかない。

三宅氏は、この間の出来事を話す。

視覚障がい者は、何を感じて歩けるのだろうと。親友は答える。

足の裏の感覚が研ぎ澄まされているんだと。

 

そこで三宅氏は、足の裏に感覚を伝える点字ブロックを思い付く。

弟が製造関係に勤めていたため、依頼した。独特の丸みを帯びた点字ブロック

親友の意見を取り入れながら、試行錯誤を繰り返し完成した。

 

しかし当時の日本は、障がい者に優しくはない。

三宅氏は、私財を投じて、岡山で初めて、点字ブロックを設置した。

その後も、私財を投じて全国に設置をする。

なかなか普及は進まなかった。

数年の歳月がたち、駅や横断歩道、設置が進み始めた。

 

三宅氏の、親友を自由に歩かせたい。

その想いだけで、私財を投じて普及させた。

熱い男は、過労のため、この世を去ってしまう。

しかし熱意はなくならない。

現在、世界75カ国で点字ブロックが設置されている。

 

親友を自由に歩かせたい。

世界各地で、視覚障がい者に優しい国が造られようとしている。

三宅氏の希望をのせて。