雑草の中の一本

殻を破って一歩 挑戦へ

敬老の日 ブラックな親ではないが、ブラックな慣習が影響する

今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」

親孝行したい時に親は無し。

非常に迷惑をかけて生きてきたのだろう。
理想の息子にはなれてはいない。

じいじとは、全ての趣味が合わない。
釣り・剣道・ゴルフ・野球など、まるたまごは苦手だ。
仕方ないと思っているが、ソリがあわない。
家庭で一切、会話する事はないが、他者が居る時だけは、仲良し家族を演じる。

ばあばはどうであろう。会話はするが、なってほしかった人物にはなれていないのであろう。
大学に行き、大企業でまっとうな暮らしをして欲しい。
そんな期待があった。
普通に勤めているが、もう退職を決めている。

立派な人間にはなれない。
自分がいかに駄目かは、自分が一番知ってる。
期待外れだったのも一番知ってる。
古い慣習は、自分を閉じ込める。
家・墓・世間体・価値観。
幼少の頃の刷り込みは恐ろしい。
如何に常識と言われている多くの事が脆い存在なのか知り、
脱出を図ろうとしても、重い十字架のようにのしかかる。

大志を抱く若者達を縛り付ける習慣と常識。
100年後、いくつ常識として残っているだろうか・・・・
未来を作る若者が、古い常識に囚われることなく、先に進めるように尽力したい。

常識の崩壊は、新たな世界の始まり。
貯金常識・現金常識・長男常識・終身雇用常識・お墓守り常識・家名存続常識等々
古い慣習が少しでも崩壊し、現代社会にあうようにしていきたい。

決してブラックな親ではない。
しかし、新聞・テレビの情報元で理想を決めた親の価値観には合わない。
先人の視野の狭さは、後人の視野の狭さに繋がる。
両親をなんだかんだと言っても尊敬はしているが、その生き方が全てじゃないと感じている。

なにわともあれ、長生きして欲しい。